不能。不当。不等。不調。不遇。不適。不平。不満。不安。不信。不憫。etc...etc...
全ての『不』をかき集めた『負』の人生。
愛する妻と娘に逃げられ、借金取りに家を追われた、不幸な夜。
オレは改めて自分の不運を呪い嘆いた。
【繁澤邦明編・第壱話】
『まだ、これ以上の底があるのか』と思わずにはいられない。
不穏な路地裏で出くわした不審な現場。
まさか、人が拉致される様をこの目で拝むことになるとは。全く、なんて夜だ。
出張から一ヶ月ぶりに帰って来た我が家で待っていたのは、愛する妻子ではなく、いかつい、おっさん。
家屋も家具も差し押さえられ、妻も娘もオレの通帳も姿を消して、オレは文字通り『全て』を失った。
オレに残されたのは、くたびれたスーツと家族の為に買って来た、お土産のみ。
空っぽになった部屋は、まるでオレの心を映す鏡のようだった。
そのまま途方にくれて、目的もなく歩いていたら、この有様だ。
人がゴミ出しのゴミのように車に放り込まれている。
嗚呼…目が合った。
『誰にも言いませんから。』なんて、お決まりな台詞が通じるような甘い世界は存在しない。
『いかにも』な黒服がオレに近付いて来る。詰んだな。
全く、最後までツイてない人生だ。
この世が精神的にも肉体的にも資質や能力が徹底的に不平等で、しかもこうした不平等な個人に待ち構える運命も恐ろしく不平等なことは理解していたつもりだが、不幸もここまで極めれば、笑えてくる。
『おびただしい絶対的不幸に対して、どう対処すればよかったのか』
オレがずっと考えて来たことであり、オレはこの『正解の無い問い掛け』に対して、一つの答を持っていた。
相対的不幸は生きているかぎり絶対に避けられないのだから、相対的不幸の跋扈している世間から出来るだけ逃れればいいのだ。
そう。『人生を降りれば』いい。
人生は理不尽で不公平で、思うようにならず、どんな道を選んだとしても悩みは無くならず、いつかは歳をとり、肉体も衰え、やがては死ぬ。
そう言う達観した思いを馳せつつも、自分でソレを実行するには、いささか勇気が不足していた。
そんな自分が嫌いだった。
だが、それも今日で終わりだ。
オレは死ぬ。殺される。
嗚呼、不幸。しかし、こういう不幸なら、むしろ歓迎しよう。
短い人生だったが、これ以上の『不』を味わうぐらいなら死んだ方がマシだ。
気が付けば、男はオレのすぐ傍まで、近付いて来ていた。
そして、不敵な笑みを漏らして、こう言い放つ。
男「貴方も『持って』いますね。」
オレの人生で、最もツイていない夜が幕を開けた。
つづく
【Profile 4】
氏名:繁澤邦明
職業:サラリーマン
好きなもの:幸福論
好きな台詞:ヒーローなんて幻想さ。
特技:ヒヨコのオス、メスを見分けられる。
麻雀の称号:蜘蛛
備考:エロいけど、とってもいい人です。